
作者 陽だまりのベンチ
かぐや姫
早朝に成田を出発、北京から砂塵を舞い上げ疾走したバスが、ようやく林州へ着いたのは深夜だった。
翌朝、我々を乗せた車が、渓谷沿いに差し掛かると、崩れかけた家屋の側で、梨拾いしている老人から手を振られた。険しい山道を登った山頂は、黄砂混じりの雲が覆っていた。。
二十年前岩登りからパラに転向、今は北京に駐在、今回の旅を企画した坂田さんが、大気の状態を確認に行くと、最初に飛び出し、雲海に沈んだ。暫くすると、「着陸場所が見つからず、
不時着」と無線が入る。 私は最後に飛ぶ予定を変
更、断崖から飛び出す。 上昇気流に乗り、高度を上げていく、今飛び発った山頂が、箱庭に見える。山から離れ、雲海の中を進むと、突然ロシアチームのパラが眼の前に現れた。
「あ、危ない!」とっさに右に舵を切る、相手も左へ進路を変える,翼端が相手の翼にぶつかり、反動で体が激しく押し出され、大きく揺れ始める、何とか止めようと、おもいっきり体重を移動する、段々振幅が小さくなり、ようやく機体が安定した。
もう少し遅かったら、二機の吊り紐が絡まり、旋回しながら、真下の断崖絶壁に墜落していただろう。
高度計とコンパスだけの飛行は危険と悟り、帰還する事にする。
高度500メートルを切ると、羊の群がポプラ並木を横切っているのが見えた、不時着覚悟で、安全な場所を探すと、前方に赤い吹き流しを発見、「ラッキー」とすかさず着地。
雲で見えない山頂を顧み、ペットボトルの水で喉の渇きを潤す。後続のパラが次々に着陸、しかし何時まで経っても、満ちゃんが戻らず……。
西の空が赤く染まりかけた頃、村の青年のリヤカーで、満ちゃんが帰って来た。
「御免、方向を見失って、渓谷入口の村に緊急着陸しちゃったの。 村の人達が集まって来て、ご馳走になっちゃった。まるでかぐや姫になった気分よ!」 「恋人はパラよ!」と自分に言い聞かせている、バツイチの満ちゃん、おばさんになって以来、久々のモテモテに、酔いしれていました……。 林州滞在の最終日、最後の着陸をした満ちゃん、ハーネスのポケットから、空ペットボトルの入った袋を取り出し、容器回収を生活の糧にしている老人に、
「今日は観客が、大勢来たので、沢山持ってきたよ、でも明日帰るから、これが最後ね」と手渡す。お礼に梨をくれた老人の眼から、涙が零れ落ちた……。
新幹線
安陽駅で乗り込んだ北京行き列車は、上海からの乗客で既に満員。我々の指定席も、堀江もんそっくりさんと小太りで愛嬌ある実業家風の女性、そして専門雑誌に目を通している大学教授らしき男性に声を掛ける。
「此処は私達の席と思うけど?」と、恐る恐る切符を見せると、快く明け渡してくれた、でも我々の大きな荷物は、腰掛け代わりにされてしまいました。 途中駅で席が空くと、十五分交代で座りましょうと女性実業家?が提案。堀江もんそっくりさんが腰かけ、ソニーの最新パソコンを開きメールを打ち始めた。 初対面同士でも、気軽に交渉をする、中国人に脱帽。
喉が渇いたので車内販売で飲料水を買うと、10元(林州では1元、約16円)請求され、驚いてワゴンに戻す。 1週間も中国に滞在していると、現地の感覚が身に付きます。
夕暮れの北京西駅は、雨が降り出していた。 我々の大きな荷物を見て、赤帽が声をかけて来た。
「2元で運んでやるよ」 か弱い? 満ちゃん。
「2元だったら安い! 私頼む」 と飛びつく。
ホームレスらしき大勢の人が、横たわっている、通路の長い階段を昇りながら、
「俺も頼めば良かった」
と、弱音を吐く。そんな我々を尻目に、「お先にね」と手ぶらな満ちゃんが軽快に追い抜いて行った。
ようやく南口に辿りつくと、赤帽から追加料金を請求され、困っている満ちゃんが立っていた。
「重い荷物だから、百元余計に払え」と脅迫される、
「そんなもん払えるか! 公安に行こう」と坂田さんが赤帽の腕を掴む、 「呼ぶなら呼んで見ろ、此処は中国だ!」と開き直り、
赤帽がその手を振り払い、満っちゃんから20元札を奪い取ると、荷物を床に叩きつけ、走り去った。
満ちゃんも懲りたらしく、客待ちしている、評判の悪い北京のタクシーには乗らず、宿までの道を、重い荷物を担ぎ、ずぶ濡れ覚悟で歩き出しました……
北京の空
昨夜来の雨が、黄砂混じりのスモッグを洗い流し、澄み切った空を、上昇して行く飛行機から、遠くの山並を眺めると、 林州山奥の老人、新幹線で乗り合わせた都会のビジネマン達が脳裏に浮かぶ、避けては通れないこの国の未来は、パックス・チャイナ、あるいは黄砂まみれの混沌とした社会に埋没するのでしょうか。
隣の席で、スヤスヤ眠っている満ちゃん、月へ帰る夢を見ているのかも……。
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